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さんたの富士山と癒しの射心館

noah3776.exblog.jp

富士山や桜の撮影遠征紀行記(四季折々の富士山ストックや各地の桜の写真ありますので、必要な方はコメント入力してください)

最近は文章引用ばかりですいません。学が足りないと困りますので最近の文化に助かってます。
写真の巻藁船は昭和の終わりころに復元されたと聞いてして
地域の人によって保存されてます。

*権丸(ごんまる)
安政2(1857)年以前に創建され以後祭礼に出されてきたが、昭和34(1959)年の伊勢湾台風で壊滅的な被害に遭い休止状態続いていた。しかし町民の熱望と努力により、何とか残すことが出来た先代の櫓と提灯の差込み台座を利用し、昭和63(1988)年に見事復活を成し遂げた。芯柱には一年の月を表わす12個(閏年は13個)の赤い提灯を、台座には半球状に並べられた日数を表わす365個の提灯をつけて川面をゆったりと流す。尚、半球状の365個の提灯はこの地方では珍しく回転させることが出来き、祭礼ではお囃子に併せて緩急を付けた回し方で喝采を浴びている。櫓の形は三輌の御車と同じく前棚の付いた名古屋型となっている。氏神は町内の江崎社。

Wikipediaより引用

当地「大野」は鎌倉時代から繁栄したと伝わり、知多半島の他地域に比べてもかなり早くから栄えた町である。江戸時代に入り、この町の主な産業の一つであった「醸造」においては半島内で最初に行なわれ、海運業においても多くの地域を結ぶ主要な港としても栄えていた。更に行殿も度々訪れる徳川家や名古屋とも縁のあったこの町には、知多半島でありながら他の地区のような「知多型」ではなく「名古屋型」の山車が曳かれる様になったと推測される。 大野はかつての町割りを常滑市に合併した現在も引き継いでおり、高須賀、橋詰、権現、十王、鍛冶、上砂子、下砂子、市場の8つの町に別れており、それぞれ「町代」と呼ばれる代表者によって仕切られている。また、更にその各町の中でも細かい町名(木之下町、戌亥町、桜町、本町等)に分かれている。 祭礼で曳行される御車は「高須賀町『唐子車』」、「橋詰町『紅葉車』」、「十王町『梅榮車』」の三輌があり、「権現町の巻藁舟『権丸』」と共に祭礼の中心となっている。また神輿や子供獅子を出す町もある。(


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山車と巻藁船
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結構人が乗ってるんですね
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水上なので結構揺れます
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神社や観客の前で提灯を回転させる
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祭りも終盤 船も神社に向かい戻ってきます
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手持ちで挑戦1/2秒
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最期の大回転で船着き場へ
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祭りも終わり 一個一個提灯を外します

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by noah_3776_2 | 2015-05-31 07:21 | 星が降る風景 | Comments(2)